航海記 ♪歌いながら行くがいい♪
私の船は、時々歌いながら旅に出る。
船と海とジャズの風景 〜スローボートからの手紙〜

夏の間に終わらせようと思っていた「船の思い出シリーズ」も(その8)からしばらくじっと停泊中。。。ここは台風19号(萩美須)に足止めくらってしまったので、とでも言っておきましょうか…(´д⊂)トホホ
★【船の科学館と「宗谷」の思い出 8 細部に宿る魂】2019(R1)/08/05(月)



なので船繋がりのお題で場を繋ぐ♪(・ω・)/ ♪(お茶を濁すとも言う)
緑の船は船だけに船の音楽が気になるのである。


★【Ryo Fukui - A letter from slowboat (full album) [Jazz] [Japan, 2016]】2016年(発売:2/17、録音:2015年1/25,1/26)



なんとなく聴くもののそんなにジャズの定番曲に詳しくもない私。以下メモ代わりに収録曲の原曲等について基本情報も含め記載してみました。
*LPアルバムはA面とB面があるのである。

福居 良A letter from slowboat』=

 A1=01 Sonora (0:00-7:36)
*50年代に一世を風靡した人気ピアニスト、ハンプトン・ホーズ(Hampton Hawes ‎:1928年〜1977年)の名曲。オリジナル演奏は1971年発売アルバム『Spanish Steps』(レーベルBlack Lion)に入っている曲。『Sonora』は日本語では"ソノラ"または"ソノーラ"と表記されている。ハンプトンは進駐軍の一員として3年間日本に住んでいたこともある。
   Hampton-Hawes-1971-SpanishSteps.png


 A2=02 The Old Country(7:37-14:43)
*「日本制作盤」としてのアルバム。録音:1990年12月5~6日、NY。演奏:ナット・アダレイ(Nat Adderley:Cor)、ヴィンセント・ハーリング(Vincent Herring:As)、ロブ・バーガド(Rob Bargad:P)、ジェームス・ジナス(James Genus:B)、ビリー・ドラモンド(Billy Drummond:Ds)
「The Old Country」(1992年発売アルバム『The Old Country』の1曲)はナット・アダレイ(1931年 - 2000年)の代表作と言われている。

   Nat-Adderley‎-1992-TheOldCountry


 A3=03 Stella by Starlight(14:44-18:33)
*和訳は”星影のステラ”で有名な曲。
1944年の映画「The Uninvited」(邦題:呪いの家)の主題曲(作曲:ビクター・ヤング。原曲はインストゥルメンタル)。1946年、ネッド・ワシントンが歌詞を付ける。1952年、チャーリー・パーカーが取り上げて以来、ジャズ・ミュージシャンたちが好んで取り上げるようになった曲。一例↓でビル・エバンストリオ。
 ★【Stella by Starlight - Bill Evans Trio.】(1966年10/28)

  
 *演奏 : Bill Evans(P)、
   Eddie Gomez(Double Bass)、Alex Riel(Dr)
 観客の皆さんがなんとも神妙な顔で聴きいる様子が面白いですw
 しかし、このライブの雰囲気がとっても好きw
 ビル・エバンスのピアノの弾き方?音?何となーく好きなのです。



 A4=04 Chasin’ the Bird(18:34-25:05)
チャーリー・パーカー(Charlie Parker Jr:1920年〜1955年)のビ・バップのアルバム『Chasin' the Bird』より。バード(Bird)は鳥が歌うようにアルトサックスを吹く様からついたチャーリー・パーカーの愛称でもある。
   charie-parker-chasinthebird.png
 ★【Charlie Parker-Chasin' the bird
  
harlie Parker All Stars-Harry Smith Studios(演奏:1947年8/5、NY)マイルス・デイビス(Miles Davis:Trumpet)、チャーリー・パーカー(Charlie Parker:Alto sax)、Bud Powell(P)、Tommy Potter(B)、MaxRoach(Dr)

=ビバップとは?=
●1940年代に起こったジャズの新たな流れ。従来のスイングジャズより小人数編成で演奏され、アドリブを重んじ高い音楽性を持つ。バップとも呼ばれる。(大辞林 第三版の解説)
●ニューヨークの黒人街ハーレムのクラブでは毎夜ジャム・セッション(jam session:任意にグループを組み即興で演奏しあって腕を比べあう集い)が行われた。そこから互いの創意による新しい演奏スタイル、ビバップ(be‐bop:略してバップbop)が生まれた。バップは、リズム、メロディ、ハーモニーの3要素に新しい創意を加えたもの。もともとジャズは4拍子の1,3拍目におくアクセントを、2,4拍目にずらして演奏するところからオフ・ビート(off beat)音楽と呼ばれたが、バップは4拍子を感覚的に8分割し〈1と2と3と4と……〉の〈と〉の部分にアクセントをおいた。(世界大百科事典内のビバップの言及について)*ゴメン(=∀=)…なんか全然わかんないw



 B1=05 Soultrane(25:06-31:52まで?)
※動画では31:53からまた同じ曲が始まる…
*1958年発表、ジョン・コルトレーン(John Coltrane:Ts)の名盤『Soultrane』より。他メンバーはレッド・ガーランド(Red Garland:P)、ポール・チェンバース(Paul Chambers:B)、 アート・テイラー(Art Taylor:Ds)。
   JohnColtrane-1958-‎Soultrane


 B2=06 Speak low(?31:53-38:38?)
※B01(05)とB02(06)の繋ぎがよく分からず…。
 Soultrane(B01=05)の途中でSpeak low(B0=06)の
 一部パートが挿入されているような…(?_?)

*和訳は”小さな声で話して”、”ゆっくり低い声で囁いて”。
1943年、ユダヤ系ドイツ人の作曲家クルト・ヴァイルがにブロードウェイミュージカル『ヴィーナスの接吻』のために書いた曲。
1959年、ジャズピアニストのソニー・クラーク(Sonny Clark)による「Speak Low」のメンバーはドナルド・バード(Tp:トランペット)、ジョン・コルトレーン(Ts:テナーサックス)、カーティス・フラー(Tb:トロンボーン)、ポール・チェンバース(B)、アート・テイラー(Ds)。他、2011年のトニー・ベネットとノラ・ジョーンズのデュエットでも有名。2014年に公開されたドイツ映画『あの日のように抱きしめて』の挿入歌としても「Speak Low」が使われネリー役のニーナ・ホスが歌っている。
★【ジャズのスタンダード・ナンバー、「Speak Low」とは?】TBSラジオ:2017年(平成29年)3/17(金)放送より

   SonnyClark-1957-SonnysCrib.png
   

 B3=07 Nobody knows the trouble I’ve seen (38:39-45:20)
*和訳は”私の抱える悩みや悲しみを誰も知らない”
(神様しか知らない、神のみぞ知る、神様は知っていてくださる)
19世紀半ば頃から広まった黒人霊歌・スピリチュアルソング。ジャズミュージシャンのルイ・アームストロング(Louis Armstrong/1901年〜1971年)によるアレンジ・演奏が世界的に有名。数多くのCDや楽譜などにも収録される定番の曲。
歌詞では、「誰も自分の苦しみや悲しみを知らない」とあるが、これは孤独で気弱に嘆いているわけではなく、「Nobody knows but Jesus」=すなわち”主イエスはちゃんと分かっていてくださる、だから心を強く持って苦しみや悲しみにも耐えていける、そしていつか主イエスの元へ旅立つんだ”という救いと希望のメッセージが歌い込まれていて、ルイの歌もどこか明るく力強い。
 ★【世界の民謡・童謡:ホーム>黒人霊歌・スピリチュアル】より



 B4=08 Be my love(45:21-46:55)
*ジャズ・ピアニスト、キース・ジャレット( Keith Jarrett:1945年生まれ。ジャズにピアノ・ソロというジャンルを創り上げたとも言われる)が1999年に出したピアノソロ・アルバム『The Melody At Night,With You』(慢性疲労症候群で活動を休止していたキースが1998年に自宅で録音したアルバム)の中の収録曲(Be My Love)。キースの演奏も含めメロディの美しさを堪能できる一曲。
   KeithJarrett-1999-TheMelodyAtNight-WithYou.png
 
*なのだが、動画ではラストの曲が途中でいきなり尻切れトンボなのが残念…。曲全体の雰囲気はこちらでどうぞ↓
★【Be My Love(ビー・マイ・ラブ)~The Melody at Night, with You~】(後藤文俊氏のカバーより)

  

 ※付け焼き刃にて間違い等ありましたら教えてください…
                    ♪(o・ω・)ノ))
  しかしこんな私でも名前だけはほぼ知ってるって言うw
  改めて私の中で ” ジ ャ ズ と は " こんな感じなのだな〜と
  思った次第。




●演奏:福居良トリオ
   <福居良(P)、粟谷巧(B)、竹村一哲(Ds)>

●録音:2015年(平成27年)1月25日(日)、26日(月)。ホームグラウンドのライヴハウス「slowboat(スローボート)」にて。



最近聴き始めたお気に入り、アルバム「A letter from slowboat」。

fukui-ryou-2016-ALetterFromSlowboat-1.png


実はこれを聴くまでは全く知らなかったのですが、北海道出身の名ピアニストと謳われる福居良氏のジャズライブアルバムです。
 ※発売:2016年(平成28年)2/17(録音はその前年)

ジャケットが海だし船だし波だしの素敵デザインね(*´∀`人 ♪
…で聴き始めたものの、曲そのものは海も船もあまり関係ありませんw…と言うか完全にアルバムタイトルにまんまと釣られた緑の船ですw




そうして最近になって聴き始めたのに、なんとこの5枚目のアルバムが発売された年の2016年(平成28年)に福居良氏は惜しくもこの世を去っておられました…(; ´Д`)ノno---!(まだお若いのに…と最近も嘆いた記憶が)


= 福居 良(ふくい りょう)=

1948年(昭和23年)北海道日高管内平取町生まれ。
 18歳でアコーディオン、22歳でピアノを始める。

1976年(昭和51年)1st アルバム『Scenery
            (*"風景")を発表。28歳

1977年(昭和52年)2nd『Mellow Dream』29歳

1986年(昭和61年)38歳で帰札。以降は札幌ススキノライブハウス「スローボート」を拠点に全国で活躍。

1995年(平成7年)3rd『My Favorite Tune』47歳
 …2作目から18年振りとなるリリースはソロアルバム。

1999年(平成11年)4th『福居 良 in New York
                       51歳
美しい旋律のオリジナル曲と、力強くスウィング感あふれるビ・バップスタイルの演奏で多くのファンを魅了する。

2012年(平成24年)64歳。ジャズピアニストとして初めて札幌文化奨励賞を受賞。

2016年(平成28年)68歳。16年ぶりにリーダー・アルバムを制作。5th『A Letter From Slowboat
*2015年(平成27年)に福居も実力を認める有望なふたりの若手とともに福居良トリオとして演奏したもので、録音はホームであるライヴハウス「slowboat(スローボート)」で行われた。

fukui-ryo-2016AletterfromAlowboat-sndp.png
★【ディスクユニオン>JAZZ RECORD>MODERN JAZZ>「A LETTER FROM SLOWBOAT / レター・フロム・スローボート」】より参照。
*こちらのジャケットは2ndプレスバージョン:4,104円(税込:これはまだ8%の時)→今は4,180円(税込:こっちが10%)でした。


2016年(平成28年)3月15日逝去。(享年68歳)

★【ディスクユニオン>福居良】より参照。
個人的には「A LETTER FROM SLOWBOAT」のジャケットは初回盤のデザインの方が好きです♪



しかし、この2ndプレスのLPアルバムも今年の2019年(まだ平成31年)3月15日に発売なのにすでにもう完売。
もっとプレスしてもいいと思うのよ…と言いつつ、よくよく考えたら我が家にはLPレコードで聴けるプレーヤーがなかったわ。そういえば昔は実家にプレーヤーもレコードも大量にあったけど断捨離で捨ててしまったんだっけ…。子供の頃だったから当時は別に何も思わなかたけど、今思うと勿体無いなー。

そうね、どうせならでっかいウッドスピーカーなんかでレコードをかけて聴けるような部屋で、ゆったりしたソファーに埋もれて音楽の波に浸りたいものだわね。淹れたてのコーヒーを手に、窓から遠くに海が見えたりしたら最高。
でも、雨の日にお家に籠もって聴くのも悪くないと思うの。トタン屋根を叩く雨音とジャズも、もしかしてオツなバップでなくて?
(もう間取りとか書いちゃうわ♫妄想カフェならいくらでも企画できますw)
ああ、ご近所に懐かしい感じのジャス喫茶とかあればイイのになぁ。




「slowboat(スローボート)」は福居良氏の経営しているお店の名前で札幌市ススキノでは有名なジャズの聞けるお店なのです。
アルバムタイトルは、演奏したその店名から「スローボートからの手紙」となっているのだと思うのだけれど、今となってはもう亡くなってしまわれた氏からの ”ジャズ演奏による最後の手紙” 、みたいな感じでしょうか。。。


○店名:jazz live SLOWBOAT(ジャズライブ スローボート)
 ★【HP「slowboat」
○場所:札幌市中央区南三条西3丁目6-1
   (地下鉄南北線すすきの駅1番出口から徒歩3分。)


1995年(平成7年)創業、北海道を代表するピアニスト・福居良さんのジャズライブのお店。
福居良トリオをはじめ、実力派ジャズミュージシャンの本格的な生演奏がほぼ毎日聴けるジャズライブハウス。ステージとの距離が近く、迫力ある生のサウンドを間近に感じられるのが魅力。学生はL.C.のみ。毎月開催のジャムセッションも好評。

 「slowboat」HPより






福居良氏がピアノを始めたのはなんと22歳からだそうで、1stアルバムを録音したのも28歳なのだから驚きです。(20代の伸び代ってスゴイわね…Σ(・□・)

ライブハウスの名前になっている「slowboat(スローボート)」は、あえて和訳すると” 船足の遅い船 ”と言う意味でしょうか。自身のピアニストとしてのキャリアのスロースタートな感じを表現したのかもしれませんし、何かしら” 船 ”にまつわる思い出があったのかもしれません。

個人的に、なんとなく海を滑るようにのんびり進んでいく、ゆったりとした船影を感じる名前が印象的で「ああ、いい名前だよなぁ…」とその響きがいたく気に入ったのでした。(船だからだけではない…いやそうかもw)



○1976年(昭和51年)1st アルバム『Scenery /シーナリー』(41:21)
 演奏は1976年9月:福居良(p)、伝法論(b)、福居良則(ds)←よく似た名前だと思ったら氏の弟さんらしい

fukui-ryou-1976s51-Scenery.png

A1=01 It could happen to you (0:00-4:15)
A2=02 I want to talk about you (4:16-10:48)
A3=03 Early summer (10:49-21:33)

B1=04 Willow Weep For Me(21:34-29:16)
B2=05 枯葉( Autumn Leaves )(29:17-35:48)
B3=06 Scenery (35:49-41:20)


A1*ジョニー・バーク作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲(1944年)
A2*エラ・フィッツジェラルドとジョー・パスのバラード集『Take Love Easy』(1973年)に収録された曲。
A3*ピアニスト市川秀男のオリジナル曲。(1974年録音:森剣治&市川秀男)
B1*アン・ロネル作詞・作曲(1932年)。邦題は「柳よ(私のために)泣いておくれ」
B2*フランス語歌曲(シャンソン)の「枯葉」が1949年アメリカに渡り、何種かのコーラスバージョンが生まれた。特に1952年のナット・キング・コールのバージョンが有名。
B3*福居良のオリジナル曲。ピアノソロっぽいメロウな曲。
英語の"scenery" はある地域全体の風景や景色を指す場合によく使う言葉。
”風景”と訳すことが多い。”view”や”landscape”ではまたニュアンスが変わってくる。


★【Ryo Fukui - Scenery 1976 (FULL ALBUM)



1st アルバム『Scenery /シーナリー』の中では、アルバムタイトルでもある氏のオリジナル曲「Scenery」が好き (´ω`人)♡
この曲だけ延々と聴いていられるくらい好きです。
福居氏にとってどんな風景がこの曲に込められているのか、聞けるのなら聞いてみたかったわ。

もうお亡くなりになってしまい、氏の演奏を聴くことは叶いませんが次回北海道へ行くことがあれば、いつも演奏していたというこのライブハウスへ行って、スローボート(slowboat)に乗っているかのようにジャズナイトをゆったりと楽しんでみたいな〜と思う緑の船でした。(前に札幌市に行った時は慌ただしいジンギスカンナイトで終わってしまったのだ。ジンギスカンは当然に美味しかったw)

もう何年前になるんだ!?なその北海道旅行は、バイクで回ったツーリングだったのですが最近はがっつりと△キャンプ道具が増えてしまい、次に行く時は車になりそうな気がする。するけれど。。。





((´ω`人)。o○(いやいや、やはり北海道へはバイクでしょ!
次回の北海道ツーリングでの、やる事リストに「スローボートなジャズ♪」が一つ追加されたのでした。(私の船もまた ” スローボート " なのだった)





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DATE: 2019/09/30(月)   CATEGORY: 徒然
小さな美術館 4 時間薬

この夏は、本当に色々あってしばらくじっと停泊中だった。(船だけに?w)
…いや自分自身が沈没した訳でも難破した訳でもないのだけども。

悲しいことの一つ二つくらいは何となく抱えても歩けるけれど、三つ以上になるとさすがにちょっと元気なくなる。。。(´-_-`)空元気も疲れるよね。。。



今日で9月も終わりか。
猛暑の夏もいつの間にかちゃんと秋の色。(今日も日中は普通に30℃超えだけど…)
あんなに暑かったのに、最近は昼間でもエアコンを点けないでいられるのが何とも不思議な感じだ。世の中はとっくに秋に突入しているのも分かってはいるが、気持ちがまだ夏を引きずっているのだ。



190726_101748.jpg



" 時間薬 "とはよく言ったもので。
毎日泣いていても、TVを見ては笑うし美味しいものを食べては笑うし友人とお茶しては笑う。でも思い出すとやっぱりまだ泣ける。

今は自分が立ち直ったからと言って、相手も同じように立ち直っているのかと言えばそうとも限らず。その人が目の前でいつものように笑っていたとして、でも今も悲しいのはきっと変わらない。むしろ傷は深く人知れず内側を抉っているかも知れず。

元気になってはほしいけど、無理に明るく振る舞うのも疲れるもの。
だからしばらくはそっとしておいてあげようと思う。

一緒にいて、感情のコントロールが出来なくなって泣き出したら、気の済むまで泣かせてあげようと思う。多分、側にいるだけで気の利いたことは言えないと思うけど。

「泣いているのを見られたくない」「一人で泣きたい」と言ったら(そう感じたら)、そっと去ろう。もし目の前で明るく振舞っていたら、私も同じようにちょっと明るく話しかけよう。

今を否定せず、指図もアドバイスもせず、普通に世間話をしようと思う。
(上手くできるかわからないけれど…)




” 時間薬 ” があの人にも効きますように。







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小さな美術館 3 夏の面影

暑い暑い夏の記憶もまだ肌からは消えぬのに、
もう秋分の日(9/23月祝)が来ていた。。。(そしてとっくに過ぎてたし…)





201908_summer01.jpg






「おや、久しぶり〜。
 今年の夏、どっか行った?」

「ううん。
 暑すぎて干からびちゃうからねw」

「そっかw」

「こっちも『天気の子』みたいな夏だったらイイのに」

「いや、それはちょっと勘弁w
 なんだかんだ言って暑い夏の季節は、夏らしく暑いのがイイんだって」


★【映画『天気の子』スペシャル予報】2019年(R元年)7/19公開

今更10代の子たちの青春アニメなんて見てもなー、と思っていましたが、映画館で観た方が絶対にイイ!と思う良アニメでした。(『よりもい』の時もそう言っていたようなw)
TVの画面じゃなんかその魅力が減っちゃって勿体ない!って気がします。細部まで感じられる映像の手触りとリアルより耳に届くような雨の音の表現が素晴らしかったな。








201908_summer02.jpg




「おっ、イイな〜。
 なんか青春してない?」

「ハハハ、そんな感じ。

 そう言えば、 ”青春”て青い春って書くけど
 青春の思い出ってさ、 なんとなく” 夏 ” のイメージじゃね?」

「ふふふ、そうかも」



201908_summer04.jpg









暑く寝苦しい夏の夜も

いつしか青い思い出

今や過ぎ去りし淡き面影となりにけり


201908_summer03.jpg








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船の科学館と「宗谷」の思い出 8 細部に宿る魂

また無駄に長くなりそうだったけどこんなになってまった…。写真そのものはそう多くないのに調べながら面白がってあれこれ書いたらこんなことにw



200907-fune-kanteimokei2.jpg

○ロシア第2太平洋艦隊(バルチック艦隊):第1艦船隊の小模型(一部)


200907-fune-kanteimokei1.jpg

○日本連合艦隊:第2戦隊の小模型(一部)




すっかり忘れていたことも写真があればするっと思い出せる、と言うか後で調べればさらに深く染み込んでくる感じが最近は新鮮なので昔の写真もok!としようと思う。



ドゥルルルルル… ジャン! 真打ち登場!
縮尺1/50、模型なのに存在感がすっごく大きい!!そして細かい!!


キタコレ戦艦「大和」ギャ━(゚∀゚)━!


200908-fune-1-7yamato.jpg

○1940年(昭和14年):戦艦「大和」(模型でもデカイ!!)







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船の科学館と「宗谷」の思い出 7 戦艦「陸奥」の主砲

「船の科学館」前に展示してあった、今はもうお台場にはない戦艦「陸奥」の主砲です。瀬戸内海の柱島付近で沈没した戦艦「陸奥」の1970年(昭和45年)引き上げ実施で収容された主砲を屋外展示したものだったのですが、近年の「東京国際クルーズターミナル」の埠頭工事に伴い撤去され、現在は戦艦「陸奥」が建造された横須賀市へ里帰りし、移設されています。

★【2019(R1) 船の科学館と南極観測船「宗谷」へ寄せて 10年後のラブレター】←東京国際クルーズターミナル建設に伴う工事についてはこちらで参照。



200907-muysu-syuhou.jpg


 ○2009年(平成21年)7月某日撮影:
 「船の科学館」前に屋外展示してあった当時の戦艦「陸奥」の主砲




当時はそんなにしっかり見てたわけでもなかったのですが、今改めて展示看板など読んで見ると、中々にすごいものが展示されていたんだなと思います。


200907-mutsu-kanban1.jpg
(*クリックすると拡大図で読めます。)

しかし、戦艦「陸奥」って海戦で被弾したわけじゃなくて…事故?(自爆みたいな…?)で瀬戸内海で沈没したって事?それはそれで…哀しいわね。もしかして敵の破壊工作だったかもしれないけど、戦わずして瀬戸内海で沈没なんてきっと戦艦「陸奥」も船員たちも無念であったろう。。。


=戦艦「陸奥」主砲=
Main Battery of the Battle Ship MUTSU

戦艦「陸奥」は世界初の16インチ(40センチ)砲塔載戦艦「長門」(ながと)の2番艦として大正10年(1921年)に竣工しました。
その後、大改装が施され、攻撃力・防御力ともに強化されましたが、昭和18年(1943年)に瀬戸内海の柱島付近に停泊中、突然砲塔付近で大爆発が起こり沈没、生涯を閉じました。
ここに展示されている主砲は、正式名称を45口径三年式40センチ砲II型(正確には41センチあった)といい、昭和45年(1970年)に実施された「陸奥」引き上げ時に収容されたもので、最後部の4番砲塔に据えられていたものです。


=45口径三年式40センチ砲II型 主要目=

○全長:18.8 m
○重さ:102 t
○内径:41 cm(砲身長:45口径)
○初速:780 m/秒
○射程:37.9 km (…ファッ!?Σ(゚д゚||| 40km!?)
  *東京→品川まで:6.8km→川崎:18.2km
          →横浜:28.8km→戸塚:40km
  *飛行時間:70秒(上空最大:6,000m)

  
=戦艦「陸奥」主要目(改装後)=

○トン数:39.050 満水t
○全長:224.9 m (*「船の科学館」本館よりも長い!)
○最大幅:34.6 m
○喫水:9.5 m
○主要装備:40 cm 砲、8門

(説明文より)




200907-mutsu-kanban2.jpg


○説明看板の図:拡大版


青函連絡船「羊蹄丸」がいつの間にか解体されていた(*一応期間を設け無償譲渡で移設先を募ってはいた模様…)のを思うと、この主砲は生まれ故郷の横須賀市に迎えられ、里帰りできただけでも良かったと言うべきね…。

★【戦艦「陸奥」4番砲里帰り支援サイト
 (陸奥を支援する会)サイトより移設の経緯を抜粋。

2017(H29)/03/31:2017年3月25日 記念式典
2017(H29)/03/31:戦艦陸奥主砲"里帰り"式典
          神奈川新聞
2016(H28)/09/16:H28.9.16タウンニュース
          おかえり「陸奥」主砲
2016(H28)/09/14:H28.9.14神奈川新聞
          80年ぶり横須賀帰還
2016(H28)/09/13:横須賀市ヴェルニー公園
          戦艦陸奥主砲里帰り移設 風景 
2016(H28)/09/12:船の科学館からの戦艦陸奥主砲
          移送風景

2016(H28)/09/07:船の科学館 写真展
      【戦艦陸奥 主砲の横須賀へ里帰りを祝す】

2016(H28)/08/02:募金の御礼と今後について
 ・平成26年8月4日:3万3千人を超える署名を携え、
  主砲の無償譲渡を船の科学館に要望。
 ・同年10月28日:陸奥の会あてに正式に承諾を頂く。
 ・横須賀市が設置者として本年(平成28年)秋に
  移設が実現する運びとなる。
 ・協賛金・募金総額:25,898,892円 
  (H28.7.31現在)
  募金寄付者:5,808人 協賛企業数:167社
  (合計:5,975件)

2015(H27)/02/07:横須賀鎮守府(仮)からの
          募金贈呈
2014(H26)/11/14:産経新聞
          地元尽力、80年ぶり「里帰り」へ
2014(H26)/11/03:小泉議員の船の科学館見学
2014(H26)/10/30:募金活動開始
2014(H26)/10/30:戦艦陸奥主砲里帰り決定
2014(H26)/10/30:陸奥のリーダーのつぶやき
           (No2)主砲はハイテクの塊
2014(H26)/10/12:陸奥の会リーダーのつぶやき
           (No1)自己紹介と署名の状況
2014(H26)/09/05:陸奥模型展示開始
2014(H26)/08/08:平成26年8月8日 記者会見用資料
      (*この時点で3万3千人を超える署名を集める!)
2014(H26)/06/12:戦艦「陸奥」の主砲砲身の
           価値について
2014(H26)/06/12:サイト公開


なんと言うスピード!
素晴らしい市民活動の甲斐あって、生まれ故郷に喜んで迎えられ、里帰りできて本当に良かったね!>陸奥の主砲(´д⊂)ヨカッタヨカッタ

確か、2011年(平成23年)9月末を以って「船の科学館」本館が閉館しているので、おそらくその辺りから主砲どうする!?どうする?となっての事でしょう。
3年後の2014年(平成26年)の春、有志を募って「陸奥を支援する会」を立ち上げた方がおられ、8月には3万3千人超えの署名を集めております。10月には「船の科学館」とのやりとりで”戦艦「陸奥」の主砲”の無償譲渡の決定を受け募金を開始、2年後の2016年(平成28年)の8月にはおよそ2,600万円の募金を集め、9月には海上輸送で横須賀市の公園に移設が完了、その後公園整備などを進め翌年3月に記念式典…と言う事のようです。

本当に本当に本当に!その実行スピードたるやスゴイ事だと思います。Σ(゚□゚(゚△゚;)ノ

遅ればせながら戦艦「陸奥」の主砲が無事移設できた事を、ネットの片隅からお祝い申し上げます(* ´ ▽ ` *)






さて、「船の科学館」本館の建設当初の写真などを見ると、周囲にはまだほとんど何もなく、開園当初(50年〜30年前くらい前まで)は中々に賑わっていた様子が伺えます。
しかし10年前の2009年(平成21年)にお台場ガンダムのついでに訪れた当時、「船の科学館」はそこそこ人はいましたが、あのお台場からほんのちょっと足を伸ばすだけなのに人の流れはほとんどなく、ガンダムの賑わいからは程遠い人出だった印象でありました。

人混みが苦手な方なので(田舎者なので…)、東京の圧縮された濃密な空気に疲れた私としては、いい感じで空いていて個人的にはむしろ過ごしやすく、尚且つ展示の内容も印象良し!だったのですが、あれだけの恵まれた立地でありながら客足が伸び悩んだ末に今の長い長い休館状態なのであれば、20年位前からもう少し設備投資的な意味で改装・改修や広報・集客等の経営努力をしていれば…と、悔やまれます。(外野が勝手な事を言ってすみません…|ω・`)

バブルが弾けたと言われて久しく経済界的には「失われた10年」(20年?)とか言われたりしていますが、高度経済成長期を体験した世代にはその後の景気低迷という時代がこんなに長く続くとは予想できなかったのかもしれませんし、そもそもそういった営業利益を追求する娯楽施設とは違うのかもしれませんが…。



戦艦「陸奥」の主砲が移設先の横須賀市で末長く愛され保存されるであろう事を祈りつつ、「船の科学館」本館もいつかまた、子供達にも大人達にも愛されるような施設として復活することを願いたいと思います。




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